2006年6月17日 (土)

美少女だった。。。

バンコク某日。
もう一つの微笑みの国から。

ラオスのビエンチャンに昔行った。
ぼくは写真が趣味で、旅に行くとたくさんの写真を撮る。
建物や動物ばっかり撮る国もあれば、
笑顔のひとの写真の多い国もある。

今でもそうだろうと信じてるけど、
ぼくが行った当時のビエンチャンは、
カメラを向けても誰もが微笑んでくれる、そんな素敵な場所だった。
たったひとりの例外を除いては。

そのひとりとは、ベトナム人の少女だった。
彼女は、中山美穂に激似の美少女で、
フランスパンでできたサンドウィッチを売る屋台で働いていた。

ぼくは彼女に、君の写真を撮っていいだろうか?
と聞いた。
ほとんどの場合、答えは2つしかない。
イエスかノオ、だ。

でも、彼女の答えはどちらでもなかった。

彼女は、言った。
ここにあるパンを全部買えば、撮ってもいいわよ。

屋台には、5個ほどのフランスパンが具をはさんでならんでいた。
ホテルで朝ごはんを食べたばかりのぼくには
1個だって食べきれないし、
パンを5つ持って、写真を撮って歩くのも無理だった。

パン5つ分のお金を払って、写真を撮って、
パンは置いてくることもできたけど、
なにか彼女を美しさを金で買うみたいで、いやだった。

結局、ぼくは彼女の写真をあきらめた。






でも今は、、、、、、






ぼくは後悔している。
かっこつけず、撮っときゃよかった(^^ゞ
(2005年06月28日)





2006年8月 1日 (火)

国境の橋

バンコク某日。
おーい、水島。一緒に日本へ帰ろう。
やあだぴょん。


国境越えに興味があった。
タイはカンボジア・ラオス・ミャンマー・マレーシアと
国境を接している。
いったい全部でいくつの通過可能な国境があるかしらないが、
ぼくは今まで、何ヶ所かの国境を通過した。

メーソットとミャンマーのミャワディは、最初のひとつだった。
陸路で軍政の国に入る。
まだ、若かったぼくは、わくわくしていた。
陸路の国境越えなんて、シンガポール-ジョホールバルくらいしか
経験なかったし。

まず、その当時まだ飛んでいたタイ航空の国内線で
メーソットの空港に飛び、そっから、
タイ航空の乗り合い自動車に乗り、行きたいところを言う。

ぼくが、ボーダーっていったら、
ちゃんと国境の橋まで連れてってくれた。
思っていたよりずっと簡単についてしまって、かえってとまどった。

なんていうか、もっと、障害とか冒険とか、
その手のことが途中にあってもよさそうなものだったのに。
でも、ぼくは、まだあきらめていなかった。

なにせ、ミャンマーに陸路で入るのだ。
きっと、日常を超えたなにかが待ってるに違いない。
スーチーさんだって、ぼくのことをきっと密かに心配してるだろう。

タイを出国して、国境の橋をあるいていると、前を行くのは、
阪神タイガースの野球帽をかぶった日本人だった。
しかも、普段着っぽいし。

さよなら、ぼくの冒険。
おもいっきし、大阪のひっかけ橋の上といっしょやんか。
(2005年07月17日)

27

2006年8月 2日 (水)

ミャワディのエミちゃん

バンコク某日。
おーい、水島。やっぱり一緒に日本へ帰ろう。
やっぱりやだぴょん。

橋を渡ると、ミャンマーの入管がある。
ミャンマー側に入ると、やはりいかつくなってきた。
国境ということもあるのだろう、
やたら銃をもった軍人が目についた。

入国料に10ドル払う。
そのあと、写真を撮りたいか、と聞かれた。
写真を撮りたいなら、ガイドをつけろ。
つけないなら、カメラはここに置いて行きな

ぼくは、写真を撮りにきたようなもんだから、
ガイドを頼むことにした。

ガイド料は100B(なぜかタイバーツ可だった)、
タクシー代に100B、あとわたしに気持ちを払ってください、
とガイドのエミは言った。
エミは、木内みどりと河童を足して2で割ったような顔をしていた。
20代半ばで独身だということだ(~_~;)

ぼくは、全部で300Bでどうだ、言った。
チップをはずんどいた方がいい、
ぼくの野生の勘だった。

エミは、なかなかいい人だった。
あるいは、300Bの効果だったのかもしれない。
あちこち、といっても、お寺と市場くらいだったが、
案内してくれる間、なんやかやと世話をやいてくれた。

でも、カメラのレンズをハンカチで拭かれたのには
まいった。
かえって、汚れる~~(ToT)

1時間のガイドがすんだ後、ぼくは提案した。
もう一度、自分ひとりでまわりたいんだけど。
別にかまわない、とエミはいった。
んで、カメラ持ってちゃだめ(^^?

エミは考えた末、言った。
軍人さんがきたら、カメラを隠すこと。
なにかあったら、ガイドのエミをやとってる、っていうこと。
ぼくは、カメラの携帯を許された。
300B払ってると、けっこう無理が利くもんだ。

ひとりでミャワディの町を歩いたが、
言葉はぜんぜん通じなかった。
実は、ぼくとエミは、タイ語で話していたのだが、
ミャワディの普通の人は、ぜんぜんタイ語が理解できないのだ。
橋渡ってすぐのところの言葉なのに。

これが国境っていうもんなんだなー。

なんか感じ入る若き日のぷんぷいそのひとなのであった。
(2005年07月18日)

28

ばいばいミャンマー

29






バンコク某日。
おーい、水島。一緒に日本へ帰ろうっ、たら帰ろう。
まだ、わからないの。もう一緒に帰れるとこなんかないの。

ミャワディには結局3時間くらいしかいなかったと思う。
外国人は、そっからどっかにいけるわけでもないし、
タイ側に戻るしかないのだ。
タイで入国を拒絶されたらどうなるか?
どうなるんでしょ(^^?
国境の橋の上で住む?

帰り際、もいちど、エミのとこによって、うだうだする。
エミはご飯食べた?
って聞いてきた。

ぼくは、暑い中疲れていて、ご飯を食べるどころではなかったので、
タイで食べるよ、って答えた。

でも、あとで思った。
あそこでは、ミャンマーのご飯を食べるべきだった。
ぼくはなにも考えずに答えたけれど。

じゃあ、タイに戻るよ。
いろいろありがと。

エミは日本語の勉強がしたい、って最後にいった。
今度来るときに本持ってくるよ。

あの国境にまだエミはいるかなー。
まだしばらく、本を持ってってあげれそうにはないけれど。
(2005年07月19日)



ぷんぷいさん♪こちらでははじめまして(^^)マユと申します♪よろしくお願いいたしますね♪
ぷいさんは現在タイに住んでおられるのですか??
タイからの投稿ってとっても国際的でステキだな~~♪と思いました。
私が昔アルバイトしていた先にタイ人のゆりちゃんがいました♪
私よりもだいぶ年上だったのでいつも私の面倒をみてくれて、故郷の楽しい話を聞かせてくれました♪
当時彼女は故郷で美容室を開きたいを言っていましたが、
きっと今頃はカリスマ美容師になってバリバリお仕事していると思います。
なんだかとってもなつかしい気分になりました♪

2005年07月19日 20時28分 by ぷんぷい
まゆさん、はじめまして。
すんません、たぶん近所に住んでます。
zaqの会員ですから(^^ゞ
タイには年に数回行きます。
そのたびにタイの美容院で髪切ってますよ。
ゆりちゃんに切ってもらいたいけど、
どこにいてはるんでしょうね(^^

2006年8月 7日 (月)

はじまりはハノイ(其の壱)

バンコク某日。
はじまりがあれば、また、終わりもある。
犬も歩けば、ネコはコタツで丸くなる。
そんな彼女ももういない。


ぼくたちは友人だった。
二人ともタイに興味があって、
それが縁で知り合った。

ぼくは彼女に興味があったけれど、
友人以上にはならないような気がした。

彼女は素敵な女のこだったし、
生まれ育った環境や興味のあることなんかはけっこう似てたけど、
なんか違う気がしたのだ。

知り合ってから1年くらいたったことだろうか、
彼女から、ベトナムへ一緒に行ってくれない、
って話があった。

ぼくは最初断った。
ベトナム人に偏見があって、ベトナムには行きたくなかったし、
なによりそのころ、彼女はぼくのとても大切な友人になっていた。

いっしょに旅行に行くことで、大切な友人を失いたくなかった。

ぼくは、賢明な人間は友人と旅行に行く、
っていう賭けはしないものだと信じていた。
まるで、ホルダーに弾がたくさん入ったロシアンルーレット
みたいだって。

でも、彼女の説得にぼくがついに折れた。

ぼくらは、バンコクのドンムゥアン空港で待ち合わせて、
いっしょにハノイに行く。
いっしょにいるのは3泊4日で、その後、ぼくはタイに戻り、
彼女は、パッケージツァーでホーチミンに行く友人と合流する。
朝はぼくが彼女の泊まってるホテルに迎えに行き、
どっちかが、単独行動したいときは、お互いそれを妨げない。

ぼくが取り決めた、友人である続けるためのルールだった。
(2005年07月21日)


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2006年8月 8日 (火)

はじまりはハノイ(其の弐)

バンコク某日。
予定は未定。
夜毎の雄琴
夜毎の小言。
雄琴の小言。
そんな彼女ももういない。


取り決めた内容はおおむね守られた。
ただ、ホテルは結局同じにすることになった。
ぼくが見つけた、特価3000円のホテルで、
彼女も泊まることにしたのだった。

まずは、バンコクのドンムゥアン空港で待合わせだ。
早くから休みがとれたぼくは、
さきにバンコクに行って、彼女が来るのを待っていた。

彼女がちゃんと日本を飛び立ったのを確認して、
空港に出かけた。
ぼくは、チェックインを済ませたあと、
だだっ広いこの空港で、彼女とどうやって落ち合うか考えた。

彼女の名前を言って、
関空でハノイ行きのタイ航空便にすでにチェックイン済みの
彼女の隣に席を取ってもらったけど、
早い目に会って、いろいろと相談したいことがあった。

インフォメーションカウンターが目にとまった。
そうだ、放送で呼んでもらおう。

ぼくは、カウンターで、
この人を呼び出して、
って彼女の名前を書いた紙を見せた。

インフォメーションのねーちゃんは紙も見ないで、
自分で呼びな、ってマイクを差し出した。
さすがタイ人、太っ腹。

ぼくは空港中の日本人を爆笑させたい欲望を抑え、
普通に彼女の呼び出しをした。
彼女は、意外と近くにいて、すぐにあらわれた。

今の呼出しの日本語うまかったねー。

そりゃうまいよー、ぼく日本人だもん。
旅行のパートナーの声くらい、覚えとけよー。

飛行機に乗り込んで、隣の席だとわかると彼女は驚いた。

すごーい、偶然

って、そんなことあるわけないやん。

やれやれ、って、やっぱり村上春樹の登場人物のように
ぼくはつぶやくのだった。
(2005年07月22日)


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2006年8月 9日 (水)

はじまりはハノイ(其の参)

バンコク某日。
むねぇにつけてる、マークはりゅううせぇー♪、だっちゅうの
そんな彼女ももういない。

ハノイの空港に着いたぼくらは、タクシーに乗り込んだ。
運転手以外に調子のよさそうなあんちゃんが助手席に
乗ってきた。
だいたい旅先であった調子のよい奴で、
ろくな奴がいたためしがない。
彼女は適当に調子を合わせてる。
ぼくは、なめられないために笑顔を見せないようにしていた。

案の定、そいつはろくなもんじゃなかった。
どっかのホテルの客引きで、
タクシーはぼくらが言ったCapital Garden Hotelではなく、
名前もちゃんと出てないようなホテルの前に止まった。

やれやれ、やっぱこれだから、
と早くもぼくは、ベトナムにきたことを後悔しはじめていた。
でも、とりあえずなんとかしなきゃな。

いざとなれば、ぼくは身長50メートル、体重2万トンの大男だ。
ぼくはタクシーの運ちゃんに宣言した。
Capital Garden Hotelに行かなければ、1ドンだって払わない。

タクシーの運ちゃんは、ここからCapital Garden Hotelは別料金だ、
って主張していたようだが、聞かなかった。
最後までぶつぶつ言っていたが、許さなかった。
もうベトナム人は一切許さないことに決めたのだ

ちゃんとホテルには着いた。
お金は約束の10ドル以外、チップもやらなかった。

あんなあんちゃん勝手に乗せずにちゃんとはじめから
ここに来てれば、ちゃんとチップだってやったんだ。
憶えとけ、ベトナム人。

まったく、まだ着いて1時間しかたたないのにこのざまだ。
(2005年07月23日)
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はじめまして。香港から来ました。
それ、めっちゃわかりますー!!!!
私は、運ちゃんとの交渉は一歩も引きません。
日本人は英語も上手くないし、相手の言いなりだから
なめられてるんですよ、はっきり言って。
でも私はベトナム、癒し系で大好きなんですよ。
今まで言った中で1番ひどかったのはインドですよ、インド。
毎日ムカつきまくりです。
値段交渉しても、降りるときに「必ず」交渉した値段の倍の料金を言ってくるし。
また遊びに来ます。私は今から10日間インドネシアです。
私のブログにも遊びに来てね。ベトナム編もありますよ。
インドネシアから帰ってきてからゆっくりまた遊びに来ます。
※写真がいいですね

2005年07月23日 21時37分 by ぷんぷい
はじめまして、Bettyさん。
コメント、ありがとうございます。
あっしも今ではベトナムアレルギーはありません(^^ゞ
ハノイはこっれきりですが、ホーチミンは2回行きました。
好きな街のひとつです。
インドネシア、いいですね。
気をつけていってきてください(^^
写真褒めてくれてありがとう(^^ゞ

2006年8月11日 (金)

はじまりはハノイ(其の四)

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バンコク某日。
一難去って、また一難。
一男去って、また一男
そんな彼女ももういない。


Capital Garden Hotelは特価3000円のわりには
いいホテルだった。
場所が不便なのは仕方ないとして、
ぼくはそのほかは不満はなかった。
本当は7000円くらいのホテルらしかった。
7000円なら、泊まらんけどね(^^ゞ

チェックインするときにアオザイを着たフロントのねーちゃんが、
彼女になにごとか、ささやいた。
なんでささやくの?

理由はすぐわかった。
ベトナム人の若い女の子が大声でいうには
彼女たち的に少しはしたない内容だったからだ。

彼女たちは、ダブルベットがいいか、ツインのベットがいいか?

とたずねたらしい。

変な質問だった。
ぼくたちは一人ずつ部屋をとってるのだから、
ダブルベットがいいに決まってる。

でも話していくうちに、なんでそんな質問をされたかわかってきた。
アオザイの彼女たちは、ぼくたちが一部屋しかとってない、
と勘違いしていたのだ。

JHCが発行した2枚のクーポンを示して、
ぼくらは、別々の部屋を頼んでるのだよ、って言った。

1時間後に出かける約束をして、
隣同士の部屋に入ったぼくらだったが、
約束の時間が来ても、彼女の荷物はそのままだった。

どしたの?

部屋に入ったら、すぐに電話が鳴ったの。
それで、フロントに行ったらね、
わたしの分の支払いがJHCからまだされていない、
っていうじゃない。
でも、わたしはJHCにすでにお金は払ってるし、
だから、クーポンも発行されているの。
未払い金の問題は、あなたがたとJHCで解決しなさい
って言ったの。

そしたら、じゃあそのための国際電話代をあなたの部屋に
チャージしていいか
、ていうのよ。

1時間ほど、彼女とアオザイの彼女たちは怒鳴りあってたらしい。

ぼくが平和にシャワーなんぞを浴びてる間に、
今度は彼女が大魔神化していたようだ。

だから、言ったろ、ベトナムなんかに来るからさ。。。
(2005年07月24日)

2006年8月12日 (土)

はじまりはハノイ(其の伍)

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バンコク某日。
蓼食う虫も頭突きずき。
ドジョウが出てきて、こんにちわ。
そんな彼女ももういない。


結局、彼女が単独でハロン湾観光ツァーに行った
2日目の昼間を除き、ぼくらは、いっしょに行動し、
いっしょにご飯を食べ、たくさんの話をした。
3泊4日がとても短く感じられるくらい、楽しい旅だった。

はじめに起こったさまざまな問題をクリアしてしまうと、
嘘のように問題は起こらなかった。
それまでの人生で一番楽しく、充実した旅といってさえよかった。

観光に興味がないぼくは、彼女がいたおかげで、
ひとりだったら行かなかったであろう、
いろんな観光名所に行くことができたし、
彼女は彼女で、カメラマン兼シェルパ兼コンシェルジェ
のようにぼくを使った。
ぼくも彼女ためにいろいろしてやることが、いやではなかった。
生まれながらの奴隷体質なのかも知れなかった。
ぼくらは、実に完璧な旅のパートナーだった。
けんかをして、友人関係をなくす心配は杞憂におわりそうだ

4日目の朝、もう1泊ハノイに泊まる彼女を残して、
ぼくはタイに向かった。
こんな旅行なら、またしてもいいな
ぼくは思ったし、彼女もそう思ったようで、
日本に帰っても、ぼくらはなんやかやと理由を作っては
頻繁にあうようになった。

しかし、結局ぼくらは友人関係を終わらせることになってしまう。

ええ歳こいて、つきあうことになったの、さ。







だけどそれから3年過ぎて、そんな彼女ももういない。
(2005年07月25日)

2006年8月23日 (水)

オキナワアァ

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バンコク某日ライブinオキナワ。
いい天気(^_^)v

今、オキナワにいる。
たまにはぼくもホントに旅にでるのだ。
昔話だけじゃなく。

まだ来て2時間あまりだけど、
なんかまったりしてとてもいい感じ、である。

オキナワといえば、ぼく的にはこれ。
ごーやちっぷす。

それも、ファミマで売ってるやつ。
これしかありません。

ちかぢかオキナワにいく人、友人がいく人。
だまされたと思って食べてみてください(^_^
(2005年07月30日)


いいなあ~・・。大阪は今日も蒸し暑いです(泣)
ゴーヤー大好きです。これは大阪のファミマでも売ってるんですか?


2005年07月31日 08時17分 by ぷんぷい
大阪のファミマも探したことあるんですが、
これはみっかりませんでした。
沖縄の物産展や沖縄食材の専門店に行くと、
似たようなのはあるんですけどね(^_^

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