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2006年9月 2日 (土)

ご禁制の品

バンコク本日。

ご禁制の品というものがこの世に存在する。
大麻が合法の国があれば、アルコールが非合法の国もある。
禁制品は一律ではないし、時代によっても違う。

タイのホテルにも持ち込めない物がある。
それは、果物の王様と言われる、ドリアンだ。

ぼくはドリアンが好きだ。
南の国でゲテモノを食べるような趣向の番組がたまにあると、
いまだにドリアンを大げさにくさがってる。
そんなものを見たことも食べたこともないような人が
大半の大昔ならともかく、
いまなら、番組製作者の知性を疑ってしまう

最近は日本でも売ってるが、日本では食べない。
カルフールで売ってるのをみて、においを嗅ぐぐらいはする。
買うには高過ぎる、というのがぼくの意見だ。
同じ意見の人が多いようで、
しばらくドリアンの前で思案する人はいるが、
売れるとこをまだ見たことがない。

努力は認めよう
日本で売れるかどうかわからないものを
並べる勇気はたいしたものだ。
しかし、最安値で、1個1980円。
最高値で5980円。
変動相場制果物とでも呼ぶべき存在。
一度パックで600円というのを見たときは
よほど買おうかと思ったが、踏み切れなかった。

女房を質においてでも、
というのが昔この果物の売り文句だったが、
実際こっちではそんなに高いものではない。
スーパーでも路上でも、1パック40B(120円)とかである。

ただ、路上で買うと路上で食べねばならない。

なんせご禁制品だから。
しかし、チェックアウトの前の日なんかだと、
思い切って、ホテルに持って入ってしまう。

規則違反がばれるのはチェックアウト後って算段だ(^^
(2005年08月07日)

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2006年9月 4日 (月)

プーケット

バンコク某日。
ここはタイ?ここがタイ

今プーケットにいる。
恥ずかしながら、ここにきたのは初めてだ

タイに行く人の何割かは、ここに最初にくるんだろう。
一日滞在しただけの感想だと、
正直言って、あんまり好きなところじゃない。

島全体が観光産業で暮らしてるので、
観光客ずれしてるような気がする。
元来、タイ人はしつこいのを嫌うのだが、
この島の客引きはわりとしつこい
どこも観光地もそうかもしれないが、

ほんとのタイ人はこんなんと違うんやで
と声を大にしていいたい。

というわけで、たった一日でここを逃げ出すことにした。
ここからは、バスだ。
(2005年08月08日)


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2006年9月 6日 (水)

ラノーン

バンコク某日。
アナタハヤクザデスカ?

というわけでラノーンにいる。
ラノーンといって、どこかわかる人は
かなり好きものか
、地理学者だろう。
タイ南部の小さな町だ。

しかし、温泉があり、ミャンマーと国境を接してる
観光に興味のないぼくだが、
国境越えは、永遠のテーマだ。

まず、ホテルからバイタクにのり、
ミャンマーというとイミグレーションにつれてってくれる。

ついたら、寄ってくる船頭と交渉し、
船で対岸のミャンマーにつれてってもらう交渉をする。

滞在1時間で往復400Bで交渉がまとまる。

船頭はなかなかいいやつだったが、
タイのイミグレにひとり、
日本人好きのおっちゃんがいてまいった(^^

片言の日本語で、
アナタハヤクザデスカ?とか
ミャンマーニオンナイマスカ?とか
聞いてくる。

邪険にすると、タイに入れてもらえないと困るし、
ちゃんと相手した。

タイ人にもおやじギャグがあることをしった、
ぼくなのであった。
(2005年08月09日)

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2006年9月 8日 (金)

名門の粋

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バンコク某日。
ダーリンをガマガエルに変えたのはママ?
あら、いい男になったねー、でも、あたしじゃないよ、サマンサ。
本当?誓って、ママ。
あんた、実の母上を信じられないのかい、
しょうがないねー、ほら、魔王に誓って


まぼろしの品というものがある。
マニア垂涎の一品というやつだ。

ぼくはお酒は飲まない。
甘党のおっさんだ。
にもかかわらず、妙に焼酎にくわしい
銘柄と値段の知識だけなら、
そのへんの酒飲みには負けないだろう。
別に焼酎ソムリエになろうとしてたわけではない。

別れたカノジョが酒飲みで、飲んでみたいというから、
ネットで探して酒屋から買ってたのだ。

自慢ではないが(とこの言い回しのときは自慢の場合が多い)、
森伊蔵も極上の一滴も伊佐美も魔王も
佐藤の黒白もほぼ定価で買ったし、
カノジョが飲むときになめたこともある。

なめただけの感想では、
森伊蔵と極上の一滴は味がない、
伊佐美はくさい、
魔王は甘い、
佐藤の白黒は覚えてない。

そんなときにぼくはバンコクのパンティッププラザという、
大阪でいうと日本橋電気屋街がビルに入ったようなとこで、

名門の粋、魔王

というTシャツを着てる男をみてしまった。

それから、ぼくはカノジョのお土産に買うために
3日間狂ったようにそのTシャツを探しまわったが、
結局見つからなかった。

カノジョと別れ、焼酎とも縁が切れ
今ごろになって、道端で見かけた魔王Tシャツ

ほのかに昔を思い出して、すこし微笑むぼくであった。
(2005年08月11日)

2006年9月12日 (火)

ロイヤルプリンセスラノーン

バンコク某日。
苺一円。

ロイヤルプリンセスラノーンは、
タイでは有名なDUSIT系列のホテルだ。
第1ブランドのDUSITではなく、
第2ブランドのPRINCESSの方を使ってるとはいえ、
高級ホテルに入るだろう。

チェックアウトの朝のことだ。
朝ごはんを食べに食堂にやってきた。
ここの朝ごはんは、110B(約300円)。
そのかわりと言ってはなんだが、あまりおいしくない。
食堂係りの男は、朝食券を受け取ると、
どーぞというように席を指した。
ぼんくら、なのである。

朝食券を受け取る以外に何をしていいか、わかっていない。
簡単なことだ。
朝食券を受け取る→きちんとセットアップされた席に案内→
コーヒーか紅茶か聞く→どっちかをカップに入れる。

田舎のホテルだ。
ほかに客などいないし、仕事の分業があるわけでもない。

1分待ってもコーヒーを持ってこないので、
しょうがないので、自分でコーヒーを入れようとすると、
向こうから走ってきて、入れてくれる。
ぼくの1分を返せ、といいたくなる。


チェックアウトのときに初めてみる、フロントのねーさんがいた。
あんまり別嬪さんではないけど、仕事をよくしっているようで、
聞くと、勤めて4年になるという。
頭もよくて、ぼくのつたないタイ語も一番通じた。

ご家族はどこに住んでるんですか?
と聞かれたので、

家族はいないんです。
コンディアオ(ひとりぽっち)なんですよ。
チョークマイディ(ついてない)な男なんです。

と答えた。

すると彼女は動じることもなく、

コンディアオなのはチョークディ(ついてる)なのよ。
私も26歳だけど、ヤンマイテン(まだ結婚してなくて)で、
毎日楽しいですよ。

たしかにあの食堂係りみたいなやつが多い、
タイ人の男と結婚するよりはひとりの方が幸せかもな
とぼくはちょっと納得する。

次はいつ来てくれるんですか、って笑顔で彼女に言われて、
ちょっとその気になる、おさーんでした(^^
(2005年08月12日)


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2006年9月14日 (木)

女子大生とホテルにチェックイン

バンコク某日。
サラリーマンに定年はあるが、学生にはない。


合法的に、コストパフォーマンスは追及されねばならない
ぼくの信条のひとつである。

みんなひとつづつ、脳みそを持っている。
それぞれに使用している。
しかし、自分しか思いつかないことが現世利益として返ってくる。
これがぼくには快感なのである。
しかし、ルールの範囲内でないといけない。

ホテルに泊まるとき、シングルの料金とツインの料金が
同じことがしばしばある。
ぼくはつねに悩んできた。

これをなんとかしたい。

以前バンコクの大学で勉強しているぼくの友人()が、
ぼくが朝早くチェックアウトして、朝食を食べないままに
旅立ったときに、ぼくの朝食券を使って朝ごはんを食べた。

これは、僕的にはルール違反であった。
でも、彼女の食欲がぼくのポリシーに打ち勝った
ぼくは、彼女に朝食券を与えた。

ルールは守られねばならない。
そこまでして、朝ごはんを食べたい友人のために、
ぼくはひとつの提案をした。

もし、朝ごはんが食べたいなら、
ホテルの料金はひとりでもふたりでもいっしょだから、
チェックインだけ、ふたりですっかい?

彼女は賛成したが、そのとき大学の制服を着ていた。

タイでは大学生も制服をきている。
彼女は、ぼくと同年代で、
同級生の女子大生たちの母親くらいの歳だが、
それでも、ちゃんと制服を着ていた。

そのホテルは、1泊55USドル。
ぼくがバンコクで泊まるホテルとしては、高級な部類に属する。

チェックインのとき、フロントのねーさんはこころなしか
緊張
しているように見えた。
大学生の制服を着ている、日本人のおばさん(失礼!)が、
日本人のおっさんと自分のホテルにチェックインの手続きを
しようとしている。

これは、なにかのか、罰ゲームか、ドッキリカメラか、
それとも、おっさんたちのプレイに巻き込まれているのか。

いろんな状況になれている、バンコクのホテルのねーさんでも、
多少の動揺は隠せないようだ。

しかし、非合法の要素はなにもない。
ちゃんとチェックインできた。

ただめしの前には恥はない、
そんな友人()の姿に少し涙ぐむ、ぼくであった。
(2005年08月13日)


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なお、写真はイメージです。
友人()の制服姿ではありません。
どうしても、見たい人は、『めぞん一刻』の一ノ瀬さんの
セーラー服姿
がそれに近いです。

2006年9月18日 (月)

見よ、このうしろすがた!!!

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バンコク某日。
見よ、この神々しいまでの美しいうしろすがたを。

彼女が誰かなのかは、あしたでござる。
(2005年08月13日)

2006年9月20日 (水)

デジタルのオメガ

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バンコク某日。
昨日のうしろ姿は、キティビーナスでした。
で、キティビーナスってなに?

旅で観光する人たちは、自分たちの日常にない
珍しいものに出会うことがうれしいのであろう。
それが、遺跡だったり、お寺さんだったり、
首が長い種族の村だったりするわけだ。

ぼくはちょっとそんな人たちと興味のつぼ
のようなものが違うようだ。
だから、ほんとに観光しない。
たとえば、スコタイという遺跡で有名な町がある。
多くの日本人はわざわざ遺跡を見に訪れるような町だ。
ぼくは、そこに宿泊したことはあるが、
遺跡を見にはいかなかった。
行ってもよかったのだが、邪魔くさかったのだ。

でも、珍しいものに興味がないというわけではない。
キティビーナスもそうだ。
日本でもあるのかもしれないけど、ぼく的には珍しく、
ひじょうに興味をひかれた。

ところで、バンコクの時計屋で実に興味深いものをみた。

デジタルのオメガである。

噂には聞いていたが、現物は見たことはなかった。

昔々のことだ。
まだ、ぼくが大人になりきっていないような時代である。

いわゆるアナログ式の時計が日本人の腕から、
致命的になくなったことがあった。
猫も杓子も、数字がデジタル表示される時計
はめていた時代があったのだ。
それは、数年前のGショックブームなんて、
かわいい
くらいの激しいブームであった。

その結果、スイスの高級時計メーカーの中には、
壊滅的な打撃を受けたものもあった。
オメガもそのひとつである。

そもそも腕時計は、昔はひとつの財産であった。
時間を持ち運べるのは、特権階級の証だったのだ。
大量生産が可能になり、腕時計もだんだん安価になった。
それでも、ぼくの子供のころはまだ贅沢品だった。
ぼくが初めて自分の腕時計をもったのは、中学生
になってからだった。

ところが、デジタル時計はその価値観を破壊した。
誰でも安価に正確な時間を持ち運べるようになったのだ。

そして、結果として、誰もがデジタル式の時計をもった。
その方が正確な時間を知ることができたからだ。

そんな時代にオメガもデジタル時計を作ってしまった
らしい。

今では、腕時計はファッションの一部ステイタスの記号
あるいはその人の思想の代弁者として、その地位を回復した
ように思える。

デジタルのオメガは、高級腕時計が絶滅に瀕した時代
の遺物なのだ。


ぼくには、スコタイ遺跡よりはこっちの方が興味深いのだがね(^^
(2005年08月14日)

2006年9月22日 (金)

メナム川

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バンコク某日。
なぜかその施設の隣には両方とも世界のTOYOTAがある。

あるとき、バンコクのパヤタイ通りを歩いていると、
向かいあわせに立っている、
チャオプラヤ1という名の施設と、
チャオプラヤ2という名の施設が見えた。

これは、タイではマッサージパーラーと呼ばれるもので、
なかには女の人がたくさんいて、
マッサージ以外の特殊なサービスもしてくれるということだ。

チャオプラヤで思い出したことがある。

ぼくが子供のころ、地図帳の東南アジアの部分に
ふたつの川の名前があった。

ひとつは、メコン川。
もうひとつは、メナム川。

子供のころ、覚えたものは忘れない。
今でも、メサビ鉄山とか、アスワンハイダムとか、
なんとなく覚えてる地名がたくさんある。

30過ぎて、タイ語を勉強しはじめて、
わかったことがひとつあった。

メナム川のメナムとは、川、という意味で、
タイにはメナム川という川はなく
おそらくぼくらがメナム川として習っていたのは、
チャオプラヤ川であったであろうということだ。

少なくともぼくより年上で、まじめに地理を勉強していた子供は、
矯正されていなければ、今でも東南アジアのどっかに
メナム川が滔々と流れていると信じているだろう
(2005年08月15日)

2006年9月24日 (日)

プリペイド式、っていうよりは雪だるま式?

バンコク某日。
でんわいそげ。。。
あ~、ついにいっちゃったぁ。

前にも書いたけど、タイではプリペイド方式で、
ケイタイを使ってる人がとても多い。
SIMカードと呼ばれる電話番号チップは、
へたをすると、300円くらいから売ってる。
だから、1台の電話で複数の番号を使い分けることもできるし、
番号自体を選んで買うこともできる。
また、覚えやすい番号や縁起のいい番号、
切り番やぞろ目の番号は高値で売買されている。

だが、なんで多くのタイ人がプリペイド式を使ってるか、
という問いの一番大きな答えは、
後払いだと支払うときにお金に困ってる可能性がある
からだろう。
収入も支出も無計画で規則性のない人がとても多いのだ。
しかし、このプリペイド式こそが、
この国のケイタイ普及の原動力だったことは否定できない。

ぼくは、あんまり電話する方ではないが、
ないと不便なような気がして、タイのケイタイを持っている。
けっこうお気に入りの番号なので、
無効にならないように努力しているが、
番号を維持するためには、一定の間隔で入金
しなければならない。

普通に使えばいいのだが、
電話しないままにどんどん残高が増えてくる。
今、3000バーツほどの残高がある電話番号を2つ持ってて、
これを無駄にしないように期限を延ばすには
また入金しなければならないし、
電話しないから、また残高が増えていくのだ。

別にかかっても来ないし、
ひょっとして、携帯電話をもつ必要がないのかもしれない、
とつい、身もふたもないことを考えてしまうのであった。

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タイ国境のミャンマーの町でもちゃんと
ネットワークがあった。バリ7(^^?
(2005年08月16日)

2006年9月26日 (火)

ミカワ

バンコク某日。
いいえわったしーは、蠍座のおかま

バンコクでこの人の目撃情報は多い
実はぼくも目撃者のひとりだ。

その日、ぼくと彼女はフカヒレを食べに
サイアムスクエアのペナンという店にいた。
サイアムスクエアは、バンコクの若者が集うおしゃれなスポットで、
チュラロンコン大学という、
日本でいえば東京大学にあたる大学に隣接してる地域だ。
まさに文化の中心地といってもいい場所だ。

ここになぜか、うらぶれた中華料理屋があって、
そこのフカヒレに食べに行くのが、
ぼくたちの恒例行事になっていた。

ふだんは、クーラーの効いた2階に案内されるのに
この日は厨房のある1階しかあいてないとのことで、
ぼくらは汗をふきふき、フカヒレを食べることになった。

その最中に2階から巨大なおばさんたちがあらわれた。
ミカワさんご一行だった。

暑いせいか、あまり化粧ののりはよくなかったようだ。
しかも、けっこうでかい。
タイで頻繁におかまさんをみているぼくも、ちっと驚いた。

もう日も暮れた。
ぼくは知らない。
これから、ご一行さまがどこに出かけるのかは。

でも、だれもかれら(彼女ら?)をさまたげない。
たとえ、かれら(彼女ら?)が半裸のタイ人の
あんちゃん
(全裸という噂も、、、)が、
群れをなして踊ってる店に、くりだして行ったとしても、だ。

バンコクはそんな自由なところなのだ。
(2005年08月17日)

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2006年9月28日 (木)

女子大生をとめるクリップ

バンコク某日。
まだ、がちゃだまでとめたのは見たことない。

タイでは、学生は学生らしくしていることを
世間から期待されているようで、
前にも書いたとおり、女子大生にも制服がある。
学校によって、決まりが別途あるのかもしれないが、
ただどこの制服であろうと、
見れば女子大生とわかるような制服
である。
上は、白のシャツ、下は黒のスカート。
たまに中華料理屋で店員がこの格好をしてたりするが、
これはべつに女子大生が働いてるわけではないらしい。

この制服、ひとつ問題があって
スカートにベルト用の輪っかがなくて、
ベルトがスカートからずれて、不細工になりやすいそうだ。

それを是正するため、女子大生はベルトとスカートを
ダブルクリップ
でとめる。
なかには、目玉クリップを使ってる学生なんかもいる。
ベルトしないようなのは、校則違反だそうだ。

ベルト用の輪っかをスカートにつくればすむこと
なのに何故、とも思うけど、
今のところ、そんなスカートはあまりみない。

コクヨの陰謀か(^^?
(2005年08月18日)

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